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2007年01月29日

顔をつけるって

「怖い歌舞伎顔」は、なぜ目立つ
ホンダのバイクに見る“ジャパンクール”の本質
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20070122/117429/

この内容、以前にバイクの雑誌だかなんだかに書いてありましたが

顔を付けると目立つ。
しかも悪そうな顔だと目立つから、バイクのフロントをイカツイ顔にしてやろう。

という発想。。。
本田宗一郎が生きてたら、「お前、ちょっと来いや」ってなるんじゃないですかね?
バイクの視認性を高めるのは良いのですが、車を運転してる人が周囲を見てるかどうかが問題ではないかと思います。
つまり、車線変更や発進・後退の際に、周囲の確認をするということを先にやらせるべきではないかと思います。
安全確認をせずに、操作に移っている場合は、バイクの正面の顔つきが恐いとかどうとかの問題ではないように思うんです。車側に、周囲のセンサーを付けて、音で周囲の状況を知らせるとかなんとかからの方が先では?
顔を付けると目立つというなら、サンライズとかバンダイとかと組んで、ガンダムの顔を付けたら?なんて記事を読み始めたときに思ったのですが、読み進めるとモビルスーツみたいに云々と書いてあるではないですか。
洒落としては面白いけど、まさか本気とは。。

バイクって乗り物は、走っていないと倒れる機械です。
顔はいらんだろ。
バイク乗りの人って、プラスティックの顔のついた二輪に乗りたいと思うのでしょうか?
だけど、もし顔のついたスクーターが大ヒットしたら。。。
たくさん見かけることで個性的な顔って売り文句が通用しないのでは?

やっぱり、本田宗一郎が生きていたら、
「ちょっとこっち来い(怒)」
だな。


2007年01月21日

東京国立近代美術館

東京国立近代美術館に行って来ました。
目当ては、現在開催中の「柳宗理−生活のなかのデザイン−」。

展示スペースはそれほど大きくなく、展示数もまぁまぁといったところでしたが、食器類や家具類を一通り見る事ができるので良かったと思います。
一つ一つに極端な個性をつけず、それでいながら機能美で輝いているのは凄いもんだと感じました。常設展示の日本の近代美術も見る事ができたのですが、柳宗理が造った生活の為の作品をみると、よくわからない現代美術って一体なんだ?という気になってしまいます。(現代美術に意味がないというわけではないですけどね)

ただ、作品を全く触れないのはどうかな?と思いました。
陶器は落とすと壊れてしまうので、仕方ないですが、フライパンや鍋やスプーンといった金物は手に取って重さなどを感じないと駄目ですね。ちょいと洒落たキッチン用品のお店で、実際に手に取ってみる方が美術館でライトアップされたなにかしらの物体を眺めるより、深い理解を得られます。

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2007年01月15日

脳と魂と

この記事(エントリー)は少々長くなるような気がする。
特に他人様が読んで得る情報はないので、検索結果などで訪れた人は読み飛ばすことをおすすめします。
今日、思ったことをとりあえず記録しておくだけ。

いかなる宗教も全く信じていない。もしかすると信心深くなれば、生きていることに素直に感謝できるのかもしれないと思う事はあるけれど、それでも神も仏も信じることはこれまでできなかった。
神か仏がいるのであれば、こんなひどい世の中になっていない。
「乗り越える事ができる試練として、神は人間に困難を与えるのだ」という宗教があるけれど、おおきな事を望まず、平凡に真面目に日々を送っている人に、平気で悲しみや苦痛を与える神仏なんてろくなモンではない。
そんな神や仏はいらねぇ。

宗教について書きたいのではなかったが、上記したような理由から、運命というのもあまり信じていない(結果として、あのときこうしたからこうなったという考え方は理解はするが、「こうした」というのは自分自身の選択である。神の操作によるものではない)。
それに加え、血液型とか星座とか誕生日とかによる行動パターンもあまり信用していない。おもしろおかしい娯楽としては楽しめるが、自分の考えと選択以外の何かによって自分の生き方を方向付けられているとは考えたくはない。

こんな屈折した考え方は、中学生くらいの時には固まっていたように思う。もちろん、神がどうとかいうレベルではなく、親や教師に自分の生きる方向を決められてたまるか!?という程度だっただろうが。
(逆に今は、神とか占いとかという訳の分からんもんに耳を傾けるのなら、自分の心配をしてくれる生身の人間の声を参考にする方が良いと思う。。わかっていてもそれが中々できないが。。)
そんなわけで(?)、冷静に物事を分析して自分で結論づけて納得することが一番重要だと考えている。その「納得(理解)」ってどこでするのかな?と常々思っていた。
理屈でいうと「脳」かな?だけど、歌とか詩の世界では「心」が考えているような結論になっていることが多い。
「心」というのはよくわからないが、「魂」として置き換えると「納得」できる気がする。
芸術作品とか、デザインされた何かを見たときに、「魂」みたいなものの有無は感じる気がするし、自分の「脳」は反射行動を除くと、「日本語で検討分析」しているので、結局の所、言語の限界でしか理解と納得できないのではないか?と思う。すばらしき日本語は、中庸であることを認める事もできるから、英語的な結論を出さずに曖昧なままでもまとめる事ができる。
某漫画・某アニメでいうところの「ゴーストが囁く」という考え方はなんとなくだがよくわかる気がする。
(これもまた曖昧に結論を出している日本語か)
魂のささやきを脳で押さえたりコントロールするべきか?
魂のささやきを脳で理解した上で解き放つべきか?
多分、今の自分は前者を目指しているのだろうが、後者になれなかった事を死ぬ前に後悔するかもしれないぜ。。と、魂が囁いている気がする。
しかし、魂やらなんやらというボンヤリしたものが自分の中心であるという結論にはしたくない。
もしかしたら自分の事を知っている周辺の人によって(周辺の人の期待や記憶によって)方向が決定しているのか?そう思う事もあるけれど周辺の人を選択しているのは自分だし。周辺の人との付き合いは脳が検討した理屈だけで導いているわけではないから、やはり魂が絡んでいるのか?と思ったり。
なんだかよくわからないなぁ(結局はこれ)。

ここまで書いて、「あんたが宗教家になれば?」と藤原先生に言われた事を思い出した。

ブルータスで脳科学のモギさんの特集をやっているようだった。とりあえず買ってみよう。
心理学は、脳科学に変わって行くの?という疑問の答えは書いてなさそうだけれど。。

こんなことを書きたかったわけではなかったのだが、今日はこの辺りで。

2007年01月10日

iPhone (基調講演をみて)

いやぁ、これはすごい。30年一気に進んだ。。。
Nokia辺りが将来の携帯としてデモしそうなレベルを、一気に市場に投入するとは。。
ジョブズ様〜という気持ちになった僕を誰も責めれないでしょう?

とにかくUIが一気に進んだ。
ハードがカッコいいとかお洒落とかっていうレベルではない。
Newtonも霞むレベルだ。画面をなぞってロック解除?神!
どこまで計算しているのかしらんが、やさしくなぞるという操作をキッカケに与えるなんて、、神だ。
実際の販売価格は幾らになるのかしらんが、金の問題ではないだろうな、これは。

Appleユーザーのみなさん、リアウィンドウにステッカー貼りましょうよ。
革新の瞬間に少しでもたくさんの人が立ち会うようになれば良い。

今日一日は、ジーパンで黒のハイネック+メガネのおっさんは神に見えてしまうな。

iPhone

キタ━(゜∀゜)━( ゜∀)━(  ゜)━(  )━(゜  )━(∀゜ )━(゜∀゜)━!!!!

久しぶりの
キタ━(゜∀゜)━( ゜∀)━(  ゜)━(  )━(゜  )━(∀゜ )━(゜∀゜)━!!!!
である。

iPhone降臨。
ブッチギりにイカス。
これは買う。
早くSoftbankからだせ (゜Д゜)ゴルァ  

2007年01月09日

本日の反省

やってしまった。新年早々反省。
アレですよ。靴のアレですよ。

また靴を買ってしまった。何故だ?
今回は靴というかサンダル(この季節に?)だから、
用途が違うからいいんだい!
と自分に言い聞かせています。
何故だ?
お洒落要素として靴が欲しいわけでは決して無いのだが、なぜか靴を買ってしまう。
カウンセリングの心得のある方、一度診てもらえませんか?

2007年01月08日

Apple Expo2007

"The first 30 years were just the beginning. Welcome to 2007."
(最初の30年は始まりに過ぎない。2007年へようこそ)

おぉ、かっこいい!
30歳になったらこのフレーズを使おう。

2007年01月07日

FUNNY

いきつけの喫茶店(江戸に移動してからは中々顔をだせませんが)、FUNNY(ファニー)に顔を出してきました。
昔から、コーヒー一杯で何時間も滞在してしまう。
マスターと、車の話なんかに花を咲かせてきたわけですが、、

マスターは53歳独身で、平日は喫茶店のマスター、日曜はサーフィン三昧という、人生そのものがリアルサーファーである。当然、一般的にいう「変わってる人」だが、自分にとっては良き理解者で、マスターに比べると自分は平均的な人物に思えて来る。
なんでも、五月には種子島に遠征するそうで、一緒に行こうかという話になった。是非行きたいな。。

「お前、帰って来いよ。 歓迎するで。」
なんてマスターが言ったりするので、目頭が熱くなって泣きそうになってしまった。
そんな事が最近多いが、涙腺が緩くなってきているのだろうか?

2007年01月06日

昨日の新年会

昨日は突発的に発生した新年会を、二つ梯子するという異常事態に。


帰って来たのは四時を回っていました。
ただし、車で移動していたので酒は一切呑まず、食べてばかりでした。
シラフで話していましたが、身があるような無いような内容。。
まぁどうでも良いような事を朝まで話すってのは贅沢ですね。
高校時代を思い出しました。

バイクなんかで走り慣れた道を、ブモーとミニで走るのは気持ちいいです。

2007年01月05日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


もうすぐ30歳という歳になってきたせいか、色々と思うところがあり、仕事もプライベートも真面目に悩む事が増えてきました。しかし、悩めるだけの選択肢や可能性がひろがっていると考えると、それなりに幸せなことではないかとボンヤリと考えています。

とかなんとか考えながらも、悩み事から逃避する手段はなんぞないのか?なんてことも考えたり。。
少しご無沙汰気味のスポーツなんかを来シーズンは再会するか? とか この歳になってサーフィンなんぞ初めてみるか? とか 。。。

こういう状況では、妙にアントニオ猪木の引退時の台詞
「この道をいけばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 〜 」
っていうアレを思い出しますね?俺だけ?別にプロレスファンじゃないですよ。
ふざけてるわけではないんだけど、なんだか頭に浮かんでしまうなぁ。

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